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紫色の月光

紫色の月光

第二話

第二話「おウチに帰りたいです」



 柳・エイジが目を覚ました時、既にカイトたちが店から出た後だった。
 頭が未だにガンガンと鳴り響いているが、幸いながら状況の確認は出来た。
 自分がこんなところで床とキスしなければならなかった理由も当然覚えていたし、その前に起きた奇妙な連中とのやり取りも当然覚えている。

「……もう行っちまったか」

 何が目に叶ったのか、カイトは彼らに気に入られてしまったらしい。
 ソレが原因でシデンがテディベア人形にされて、自分はソレを止めようとして鎧に叩きのめされた。
 そして彼らが去った後で、自分は目を覚ました。
 
 今更どうしようもない、こんな時間に、だ。
 全く持って頭にくる状況だ。

 あのへんてこ集団も、素直についていってしまうカイトも、無様に叩き潰された自分自身もひっくるめて全部、だ。

「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 取り残された者は、ただそこで吼えるしかなかった。
 例えそれが負け犬の遠吠えであったとしても、彼はどうしても自分の奥底から沸きあがってくるどうしようもない『何か』を抑えることが出来なかった。
 今、彼に出来ることは精々このどうしようもない何かを言葉にしてぶつけるくらいである。

 そんな時だった。

「お、やっと起きたか」

 店の奥から店主が顔を出してきた。
 どうやら先程の騒ぎの最中、ずっと隠れていたらしい。

「災難だったな。お前さんの仲間は連中に連れて行かれちまった」

「わーってるよ。ったく、馬鹿正直に付いて行きやがって……」

 しかし、あの状況ではそうしたほうが最善の行動だっただろう。
 ゲイザーの方はまだしも、ペルセウスにカイン、更に少女までいたあの場でたった一人。
 しかも彼等の手の中にシデンが握られているのなら尚更だ。

「せめてゲイザーとか言うお面をあの場でぶっ潰せてればまた話は違ったんだろうが」

「そうは言うが、簡単にはいかねぇぜ青年。その度胸は嫌いじゃないがな」

 そんな事を考えていると、横に居た店主が再び彼に話しかけてきた。
 
「度胸もクソも、アンタさっきまで隠れてたじゃねーか……ん?」

 ちょっと待て。
 今、この店主はなんていった?

「簡単には行かないって……アンタ、あのお面野朗を知ってるのか?」

 まあな、と店主は頷いてから何処からか取り出した円形サングラスをかける。
 次に頭に巻いていたタオルを取り、光り輝く禿頭をその場で照り輝かせた。ぶっちゃけ店の照明とぶつかって眩しいったらありゃあしない。

「奴は――――ゲイザー・ランブルは俺達が長い間マークしてる『組織』の構成員だ」

「あ?」

 いきなり予想だにしなかった言葉が飛び出してしまったため、ついつい間抜け一言が飛び出してしまった。
 だが、円形サングラスと光り輝くシャイニングヘッドを露にしてかなり『地』が出ている店主は構わずに続ける。

「『組織』の構成員はかなりやばいのが揃っててな。お前の仲間みたいに連れて行かれたり、スカウトされたりしてるのさ」

「んじゃあ、お面野朗もイケメンも鎧もガキんちょもその『組織』って奴の面子な訳か」

 その通り、と店主は答えると今度は結局食べられずに冷めてしまったチャーハンを用意し始めた。

「お前も被害者だ。詳しく知っておく必要があるな……取りあえず、冷めちまったが食え。腹減ってるだろ」









「ガーディアン?」

 彼等の『組織』についての説明をカインから聞いた後の最初の発言はコレだった。
 随分長い間旅を続けてきたが、そんな組織聞いた事もない。

「まあ、こんな未開の世界にいては知らないのも無理はないかも知れません」

 イマイチこちらの説明を飲みきれて居ないカイトを見ながら、カインは呟く。
 しかし何処か仕方が無さそうな感じがする顔だった。

「『異世界』や『並列世界』についてはご存知ですか?」

「まあ、一応は」

 異世界っていう単語はよくゲームなんかで目にする単語だ。
 俗に言う魔界とか、天界だとかそんな感じのイメージ。ゲームの中の世界も言い換えてしまえばこの異世界に当てはめていいのかもしれない。
 兎に角、そんな現実からは似ても似つかないような空間を『異世界』だとカイトは認識している。

 並列世界の方はもっとシンプルに考えることができる。
 俗に言う『あったかもしれない可能性』が実現している世界。
 もしくは無数に枝分けれしている『違う可能性』の世界。
 こちらは異世界と違って大分シンプルに考える事ができる。

 自分達がこの『並列世界』からやって来たからだ、とは話をややこしくしそうなので言えなかったのだが。

「簡単にまとめてしまうと、僕らはそんな色んな異世界や並列世界から『使える人材』をかき集めている『異能者集団』なんです」

「異能者集団、ねぇ」

 シデンをテディベアの中に封じ込めた少女とペルセウスの行動を思い出してみる。
 彼女等の行為を考えれば、その言葉も何となくは納得できる。
 彼の目からすればゲイザーは今の所は見た目が『異能者』だが。

「目的は先程話したとおり、使える人材の確保。及びガーディアンの世界の領土拡大です。ここまでの間何か質問は?」

「続けてどーぞ」

 彼等の目的は最初に聞かされた。
 彼等の最大の目的はあくまで組織のある世界の領土拡大。その為に様々な世界に赴き、色んな強者をかき集めている。
 勿論、個人として喜んで組織に協力している者も居る。
 そして自分のように何かを盾にされて協力している者も居る。
 だが、彼らには共通して『組織』にある物を求めている。

「では次ですね。構成員への報酬についてです」

 構成員への報酬はポイント式で行われる。
 任務での活躍がそのままポイントとして計算され、そのポイントが一定になれば幹部が『願い』を叶えてくれる。

「嘘くせぇ」

 それがカイトの第一感想だった。
 しかしその反応に対し、カインはですよね、と頷いている始末である。

「まあ、信じるか信じないからそちらの自由です。しかし、その願いを実現させたいからこそ此処に様々な戦士達が集っていることをお忘れなく」







「んでもよ、願いがもし叶ったら戦士は組織から居なくなるんじゃねーのか? 願いがあるから組織にいる奴が大半なんだろ?」

 三人分のチャーハンを貪りつつ、エイジが言う。
 
「まあ実際その通りなんだが、その集まった戦士はガーディアンの連中が征服した世界出身だからな。組織からの脱退は許されないし、脱退しようものならぶっ殺される」

 徹底主義は嫌いじゃないぜ、と言いながらテーブル越しに座る店主。
 しかし考えても見れば任務で活躍して願いが叶うのなら、充実した生活が送れるのかもしれない。
 詰まり、不満がない生活が送れるのなら特に問題はないのだ。

「んで、なんでオッサンがそんな事知ってんの?」

 一通り知りたい事を知ったので、次の疑問をぶつけてみた。
 と言うか、事情を其処まで知ってるならさっきの騒ぎの時に何とかして止めろよ、と今なら言える。

「そーいえば自己紹介がまだだったな。俺の名前は大門・徹。『時空警察機構』のエージェントだ」

「時空……けーさつきこぉ?」

 聞いた事もない組織名だ。
 しかし警察機構と言う名前から察するに異世界や並列世界のトラブルを解決していくおまわりさんなのだろう。
 
「まあ、実を言えば奴等を放っておく訳には行かないって団体は結構あってな。占領された連中が密かにレジスタンスを作ってたり、俺達みたいに連中を放っておけないって奴等もいる」

 簡単にまとめてしまえば、ガーディアンと言う組織の暴挙を許すまいと動いている人間が沢山居るという事だ。
 時空警察機構はそんな人間達の中でも一番ガーディアンと戦うことができる組織である。……あくまで大門が言うには、だが。

「……んじゃあそんな時空警察機構のエージェントが何でさっきのいざこざで隠れてた訳よ」

「隠れてた訳じゃねぇ。あくまで様子見……そして一般人であるお前等を下手に俺達の戦いに巻き込む訳には行かなかった」

 その割には普通に巻き込まれたけどな、と突っ込んでおく。
 
「大体にして、俺達の計画を全部ぶっ潰したのはお前等だぞ」

「へ?」

 怒りたい気持ちをぶつけるどころか、逆に叱られてしまった。
 
「お前等は流石に知らなかっただろうが、実はあの場で潜入捜査官と協力して奴等をとっ捕まえる予定だったんだ」

「え、マジで!?」

 張り詰めた空気の中、空気を読まずに一般人の客が三人も来客してきた。
 此処は貧富の差が激しいカジノ街。そして意味不明のサービスが有名なお陰でお客はサッパリ。
 しかしこんな時に限ってお客さんがやってきてしまった。
 しかもチャーハンを巡って標的と喧嘩を始め、幹部の興味を示してしまった。

「案の定、奴はペルセウスを呼んで来た……幹部一人をとっ捕まえるどころか、下手すれば全員やられてただろうな」

 あの黒鎧、相当やばい奴だったのか。
 エイジはそう思うと同時、空気読まずに財布の中身軽くしてゴメンなさい、と大門に謝った。








「ペルセウスにテディベアにされた俺のダチはどうなる?」

 あの少女が組織の幹部と言うのはそんなに驚きはしなかった。
 一番偉そうに命令してたし、ゲイザーとカインも彼女の命令に素直に従っていた。
 ゲイザーの方は納得してなかったがそれは彼のプライドの問題なのだろう。
 知ったことではないが。

 だが、そんな事よりも今の一番の問題はテディベアにされたシデンだ。

「今は安全ですよ。……貴方がポイントさえ稼ぐことが出来れば願いで彼を救出すればいい」

「む」

 一理ある。
 恐らく、組織の中には自分のように誰かを人質に取られてる者もいるのだろう。
 彼らが願いをかなえるとしたら当然人質に解放だろう。
 だが、一度組織に所属すると決めたらもう後には引けなくなる。

「因みに、もう一人のお友達の方ですが」

 考えようとする前に発せられた言葉に、カイトはすぐさま反応した。

「あのまま長時間気絶してるとなると……そろそろ『組織』の攻撃が始まるかもしれません」

「占領するのか……!」

 だとするとエイジの身が危うい。
 ガーディアンと言う組織がいかなる方法で占領するのかは判らない。
 だが世界一つを占領することを躊躇わないという事は、何かしらの切り札があると思っていい。

「まあ、そこは安心して良いかもしれませんけど、ね」

「何?」

 しかしカインの口からは予想外の言葉が出てくる。

「人材は多ければ多いほどいいんですよ。それが『家畜』だろうが、ね」










「んじゃあ、このまま残ってたら俺は家畜になってたってのか!?」

「表現的には奴隷の方がいいだろうな。兎に角、この世界が奴等の領土になったら労働力として駆り出されることになったろうな」

 うへぇ、とげんなりしながらもエイジは目の前にいる禿頭に感謝した。
 この情報が無かったら自分は何も知らずに連中の労働力にされていたに違いないからだ。

「で、だ。お前さんこれからどうするつもりだ? 奴等の総攻撃が始まるまでそんなに時間はないぞ」

 大門が言うと、エイジはその場で考え込む。
 普段友人二人から『無い頭』とか言われてるが、そんな自分でも今の状況で取るべき選択肢くらいは判っているつもりだ。

 選択肢として自分に提示されている道は3つ。
 一つはこのまま総攻撃に巻き込まれるか。
 一つは何とか大門に頼み込んで時空警察機構と言う組織についていくことでシデンとカイトを奪い返す事。
 最後の一つはてんぱって自分一人で『実家』に帰ることだ。

 しかし最初の選択肢はすぐに却下する。
 自分で家畜になる気は毛頭ないからだ。黙って家畜になるくらいなら、舌を噛み切った方がマシだ。エイジはそう考える男だった。
 そして最後の選択肢も却下だ。
 元々『家』に帰ることを目的として冒険していた彼ら三人だが、それは自分一人が戻ったことでは意味が無い。
 自分と、シデンと、そしてカイトの三人が揃って家に帰ることでようやく意味を成す。
 それが数年間にわたる並列世界をまたにかけた大冒険を経て彼が出した答えだった。

「おっさん、俺は連中と戦うぜ」

 まるで野獣のような鋭い目つきでエイジは言う。
 しかし大門は立場もあって冷静だ。

「その判断は嫌いじゃないぜ。だが、連中は半端なく強いのが揃ってやがる。中途半端な力は犬死がオチだぜ」

 耳が痛かった。
 何せこの場でペルセウスにノックアウトされてしまったのは他ならぬ自分だからだ。
 
 だが、それなら『力』を見せてやればいいだけの事。

「おっさん、俺はかなりマジだぜ。ダチが全員あいつ等に連れて行かれた以上、もう俺がやるしか道はねぇ」

 そう言うとエイジは静かにテーブルの上に右腕を置いた。
 
「雑用だろうが見習いだろうがなんだっていいぜ。あの二人を助けることができるならな」

「だが、お前はペルセウスに――――」

 その時だった。
 みしり、と言う嫌な音が店内に鳴り響く。

「ん?」

 直後。
 大門の目の前にある彼とエイジを挟むテーブルが派手な音を立てつつも『木っ端微塵になった』。
 
「確かに、あの黒鎧は強ぇ……こんな木材だって簡単にぶっ潰せるけど、あいつはビクともしなかった」

 木っ端微塵になった木材の粉屑が宙を舞う中、エイジは俯いたままの表情で振り下ろした拳を下ろす。
 ペルセウスの鎧に打ち込んだ拳は、たった今破壊したテーブルよりも威力を上乗せしていた。
 しかし、それでも漆黒の鎧は崩れることは無かった。

「だが、何も動こうとしなかったアンタよりも使えると思うぜ?」

「……ふん、負けたのを素直に認めたうえに自分を売り込むとは嫌いじゃない度胸だぜ」

 それに、常識を大きく凌駕しているパワーを目の前で見せ付けられた。
 明らかにその辺に居る人間よりも『戦力になりえる人材』。
 特に時空警察機構はガーディアンと比べてその人材の数が圧倒的に不足しており、猫の手も借りたい状態であった事実がある。
 彼らと一番マトモに戦える組織と言っても、それは組織力としてであってまともなガチンコ勝負となると話は別になってくるのである。

(レジスタンス等の手も上手く借りることが出来てもまだ戦える状況じゃあねぇ。……嫌いな物言いだが、戦力が上手い具合に整うまでは今回みたいに影ながらこそこそとやりつつ、他の世界に血を流してもらうことになる)

 一人でも味方は欲しい。
 ペルセウスとまでは行かなくても、せめて構成員と戦うくらいの力。
 その力が目の前にある。

「店の奥に来い。時空警察機構に案内してやる」

 その一言があれば十分だった。

「へへっ、ありがとよ大門のオッサン」

 こうして柳・エイジは時空警察機構の雑用として取り入れられることになった。
 彼が大門と共に先程までいた世界はこの1時間後に『蹂躙』されることになるのだが、彼がその世界に重大な忘れ物があった事実に気付くのはもう少し後の事である。








「蹂躙は終わったようですね」

 携帯電話で状況を確認し終えたカインが向き直る。
 構成員の出動から僅か半日。たったそれだけの時間で先程までチャーハンで揉めていた大地は制圧されてしまったという。

「何をした?」

 誰もが思う質問である。
 だが、その問いかけを詰まらなさそうな顔でカインは答えた。

「構成員が駆る『兵器』を使いました。後で色々とテストして、貴方にも専用の『兵器』が渡るので」

「そいつは結構」

 別に他の世界がどうなっても神鷹・カイトにとっては何の痛手もない。
 だからどうでもいい。
 問題は彼らが『家』がある世界に辿り着いてしまった場合だ。
 もしも『家』の平穏を破壊するというのならば何としてでも阻止しなければならない。
 あくまで自己の目的を最優先と考えるカイトはその考えを読み取られないように行動しなければならないのである。

「取りあえず、まだ詳しい事は色々とあると思いますけども、後日本格的な『テスト』を始めます」

「具体的には?」

 テストと言えば思い浮かぶのは体力テストや基礎学力テスト。
 他には健康診断なんかも含まれているはずだ。
 そしてそれらは予想通り、『テスト』に組み込まれていた。

「一通り終わった後、貴方の配属先を決めたいと思いますので何人かの構成員と戦ってもらいます」

 ガーディアンの構成員には3つの階級がある。
 一つは俗に言う雑兵になるブロンズクラス。
 その上にあるのが軍隊で言う仕官クラスの権限を持つシルバークラス。
 最後に幹部達の直接護衛を任せられるゴールドクラスだ。

 ただし、ゴールドクラスは人数に制限がある。
 幹部一人につき一人の専属従者のような物であり、その分貰えるポイントは高い。
 幹部の一人である少女に付き従っていたペルセウスはこのゴールドクラスの一人だ。

「貴方は既にシルバークラスのゲイザーを退けているので、シルバークラス内でどれ程の実力があるのかを試させていただきます。当然、結果によって所属先も違ってきますので頑張って下さいね」

 笑顔で言われるが、肝心の所属先についてカイトはよく知らされていない。
 だが、ここで無様な姿を晒してしまえばそれこそシデンを取り戻すという目的から大きく遠のいてしまうのは事実だろう。

(やるしか、ないか……)

 恐らくは様々な異世界や並列世界からかき集められているだけあって色んな戦士達が揃っていると思って良いだろう。
 もしくは魔獣や魔法使い、と言った類も考えて良いかもしれない。
 
 だが、将来的なビジョンを視野に入れてもいい機会かもしれない。

(何時障害になるかも判らん……ここでゲイザー以外の実力がどれ程かを知るのはいい機会だ)

 どちらにせよ、今は彼等の掌の上で踊っている他はない。
 幾つか気になる点はあるが、今は目の前に控えている戦いに集中した方がいい。

 今一番シデンに手が届きそうなのは、自分だけなのだから。




 続く
 


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